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AKIO

2017年11月30日  08:50

蘭 #38 19ヶ国旅行記⑫ ボスニアヘルツェゴビナ編

こんにちは!

HU(Hogeschool Utrecht)のAKIOです。

 

旅行記を続けて書くのもやっぱり面白くないと思うので、次はオランダについての記事を書きたいと思います!

外があまりにも寒すぎて、セントラルヒーティングで暖かいままの快適な家にこもりがちになってしまうので、外に出たくなくなっちゃうんですよねぇ笑

朝起きても寒くないというのがすばらしいですホント。

 

今回の旅行先はというと、クロアチアを飛ばして、ボスニア・ヘルツェゴビナという長い名前の国にやってきました。

滞在した街はモスタルサラエボのふたつです。

 


ボスニア・ヘルツェゴビナについてちょこっと

私たち日本人は日本に住んでいるとあまり気にしないですが、日本は一つの民族しかいないという、世界で見てもかなり稀な民族です。
日本は島国だったため、植民地化されることも現在に至るまでありませんでしたが、欧米では陸続きということもあり、様々な移民が混ざって現在のように多種多様な民族、文化が共存しています。

 

しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナの民族問題はもっと複雑なのです。

今までの旅行記の中にも出てきましたが、旧ユーゴスラビアは「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの国家」と表現されるほど複雑です(ひょえー)

7つの国境」はイタリア/オーストリア/ハンガリー/ルーマニア/ブルガリア/ギリシャ/アルバニア
6つの共和国」はスロベニア/セルビア/モンテネグロ/マケドニア/クロアチア/ボスニア・ヘルツェゴビナ
5つの民族」はセルビア人/クロアチア人/スロベニア人/モンテネグロ人/マケドニア人
4つの言語」はセルビア語/クロアチア語/スロベニア語/マケドニア語

3つの宗教」はカトリック/正教/イスラム教
2つの文字」はラテン文字とキリル文字
そして「1つの国家」はユーゴスラビアを意味します。

もう意味がわかりませんよね笑

その複雑さが最も色濃く残るのがボスニア・ヘルツェゴビナなのです。

 

街を歩けばイスラム教徒が通うモスク、セルビア人のための正教教会、カトリックの人が行くカトリック教会、それぞれが並ぶという不思議な光景に出会います。

実際にはもっと多くの民族がいるので、3つだけではありませんが。

 

ヨーロッパなのに、ヨーロッパじゃないエキゾチックな雰囲気が味わえます!

 

 

モスタル(Mostar)

1つ目の町はモスタルです。

この町の見所はスターリ・モストという橋です。

 

オスマン帝国が支配していた当時、カトリック教徒のクロアチア人とイスラム教徒のボシュニャク人(ボスニア・ヘルツェゴビナに住むムスリムのこと)が平和に共存していました。

その後ユーゴスラビアになりましたが、ユーゴスラビアをまとめていたチトーが死去したことで民族間の関係は不安定になって紛争が起こってしまい、橋が壊されてしまいました。

大量虐殺によってセルビア人の割合が低くなったことで再びユーゴスラビア以前の状態になって橋は再建されました。

 

その悲劇を忘れないために、スターリモストは平和の象徴として残されています。

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夜はライトアップされ、綺麗です。

 

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紛争が起きた「93年を忘れないで」と刻まれている記念碑があります。

 

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モスタル市内は日本が復興支援のために寄付したバスが走っています。
日本国旗と日本からの寄付です、ということが書かれています。

 

 

サラエボ(Sarajevo)

次はボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボです。

 

サラエボと聞いてまず思い浮かぶのは、みなさんも社会で勉強したことのある、サラエボ事件だと思います。

第一次世界大戦の引き金となったサラエボ事件だけではなく、サラエボオリンピック、そしてボスニア・ヘルツェゴビナ紛争もまだ記憶に新しいでしょう。

なにせ紛争は1992年から1995年とほんの20年少し前まで行われていたのですから。

 

まとまりのない文章でわかりにくいかもしれないですが、この紛争によってユーゴスラビアは解体され、現在のように国が分かれています。

冒頭で6つの共和国と言いましたが、紛争後にコソボができたので、現在は7ヶ国に分かれています。

 

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ボスニア・ヘルツェゴビナ歴史博物館です。
廃墟のようなたたずまいに、きわめつけは「Museum is closed」と書いてあったのですが、期間限定の展示会のタイトルでした…
まぎらわしいわ!

 

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サラエボ事件から紛争のできごとまで生々しく展示されており、
内戦のむなしさを感じます…

 

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歴史博物館の近くには、
紛争の際にジャーナリストが泊まっていたとされるホテルがあります。
この目抜き通りはスナイパーストリートと呼ばれ、動くものは全て打ち抜かれたそう

 

IMG_4165_Fotor copy.jpg凄惨さを語る街中の銃弾の痕

 

DSC_1245_Fotor copy.jpgサラエボオリンピックの聖火です。

 

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サラエボの中心 賑わっています。

 

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モスクです なかなか色鮮やかですね。

 

実は、ボスニア・ヘルツェゴビナで一番体験すべきことは、ご飯なのです!

バルカン料理の本場は実はここボスニア・ヘルツェゴビナ。

「チェヴァピ(Cevapi)」「ブレク(Burek)」と言われる、いわゆるB級グルメ的なものがバルカン半島では伝統的な料理として一般的に食べられています。

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Cevapiは肉を小さく切ったものを焼いたものに、タマネギ、野菜、ヨーグルトのようなチーズをあえて食べます。ケバブのバルカン半島バージョン的なものですかね?

 

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サラエボで、ものすごーーーくおいしかったレストランがありまして、そこの料理は中東系のご飯ですが、安くておいしかったです。

店の名前はBosnaというレストランです。いつ行っても人があまりいなかったのですが、味は保証します笑

 

サラエボに訪れた際には是非行ってみて下さい!

 

ボスニア・ヘルツェゴビナを紹介しましたが、夏に行くのはできれば避けた方がいいと思います。

なぜなら普通に日中の気温は40度を超えるので…

行く場合は暑さ対策を万全に!

 

 

次の国に参りたいと思います。

それでは!

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